自動車輸出物語

三菱商事自動車部OBの海外活動

自動車輸出物語タイ03.jpg1962年出張時。タイバンコックとサラブリを結ぶ幹線道路をいすゞトラックが疾走する。当時は、雨期になると道路が冠水し4時間も掛った。

自動車輸出物語 000-085

記載日付:2012年8月10日
ライター:鈴木富司
番号:000-085
タイトル:中国自動車業界への大胆な提案

 21話の末尾に「その中でいかに地道に自動車技術を移転するか、東南アジアでの経験をフルに活かして貢献しようとあるプロジェクトを立案したことも思い出のひとつです。」と書いたことがありますが、今回はその「あるプロジェクト」について語って置こうと思います。

 このプロジェクトの背景には2つの要素があります。ひとつは、商事会社とメーカーさんの役割分担の問題でした。もうひとつは、中国が外貨がないのに、中国全土に自動車工場を建てて、日本や欧米並みの自動車を作りたいと年間10万台規模の工場をつくりたいので、提携しようという希望が30件も同時に押し寄せてきたことでした。

 当時の世の中のひとの思う概念では、メーカーが物をつくり、商事会社はメーカーの依頼により、それを右から左に売って、差益を得るというものでした。しかし、実際は違って、三菱商事は既に自動車会社の機能のある部分を分担し、自発的に海外で活動をしていました。例えば、工場を建設するのも、部品を調達するのも商事会社の判断で、リスクも負いながら行っていました。当然、メーカーさんと意見の相違もでてきますし、どちらが主導権を握るかも担当者ベースでは、大きな問題になるのです。

 インドネシアにおいては、三菱商事が主導権を持って三菱自工さんの協力のもとにプロジェクトを展開していましたし、タイ国においても、いすゞさんの協力のもとに三菱商事がプロジェクトを推進していたのです。特に、私は両方のプロジェクトを最初の段階から手掛けてきていましたので、大変な自負を持っていたし、海外における現場のことは任せておけという感じが強かったものですから、メーカーさんが主導で推進するプロジェクトとは可なり違っていました。しかし、中国向けについては、三菱自工さんが主導権を持っていましたし、「商事会社は出張時の手伝いをすればよい」的な発想で、すべての決定権は三菱自工さんが行うというものでした。

 一方、プロジェクトを持ちかけてくる中国側のひとも、組立から始めて、段々に国産化部品を増やして行くという「国産化の手順」については全く知識が乏しく、途方もない非現実的な案を提案してくるのです。行政官も民間事業者も、熱意だけは猛烈なのですが、外貨をどう手当するか、どういう手順で国産化を進めていくかは、全くの手探りの状態でした。

 そこで、むらむらと「中国の自動車産業を何とかせねばならない」という想いと、「これをやれるのは三菱商事だ」という想いが膨らんで来たのです。15話と53話でも書きましたが、私は東京工業大学の学生の時に「アジア学生技術会議」の実行委員として、学生生活の大部分の時間をこの運動に使いました。「アジアに繁栄を」とスローガンを掲げ、先輩が、まだ国交の無かった中国に対し、学生を会議へ派遣して欲しいと招待の電報を打ってしまったのです。その結果、日本国政府も大分慌てたようですが、結果的に訪日が実現し、私も実行委員として、中国からやってきた精華大学の学生と中国共産主義青年団の若いひとをお世話をしていたのです。

 20年以上経過していましたが、私が中国市場と取り組み出した時には、その時に来日した若者が中国大手政府系コングロマリットCITICの有力者になっていました。その筋を通して、あるプロジェクトを提案したのです。資料は何も手元に残っていませんので、記憶の中から整理するとざっと、下記のような内容だったと思います。今から考えても大風呂敷でした。

 自動車工場建設資金として三菱商事が5億ドル準備しましょう。
 外国の自動車部品を輸入する資金として三菱商事が年間5億ドル準備しましょう。
 その資金を調達する為に、中国の原油を輸出しましょう。
 提携する自動車メーカーは、CITICと三菱商事が共同で世界中から選定しましょう。
 どういう手順で国産化を図ったら中国にとって一番合理的かをアドバイスします。

 当時の上司はこの自動車輸出物語にも度々登場する中村敬止さんで、常務取締役自動車本部長になっていました。中村常務の了解も得て、石油部の幹部と交渉して、上記の外貨手当についても了解を得たのです。

 そして、この提案の結末を書かねばなりませんが、もし成功していれば、私は自動車事業から離れることもなかったと思います。こういう無茶な発想も、あの国ならば実現性はあったとは今でも思いますが、時機というものがあるものだということも事実です。

結末は、提案の内容がどうのとか、相手のCITICさんが心変わりをしたわけでもありません。当時、就任したばかりの中国中央銀行総裁の意向で「ばっさり」と当時進行していたプロジェクト全てを中止するとの命令が下ったのです。
敗者復活の道はありませんでした。

 商事会社の社員として、こういうプロジェクトを手掛けられたことは幸せだったのでしょうね。
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 自動車輸出物語の電子出版の話が進んでいます。近いうちに発行されると思います。改めてご案内します。

鈴木富司
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