自動車輸出物語 

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記載日付:1999年12月19日
ライター:鈴木富司
番号:サンプル01
タイトル:パパデン村へは、ボートに乗って工場登記

戦後、海外に自動車組み立て工場をつくったのはこれがはじめてのことであった。
1962年のことだから37年前のことである。戦後と断ったのは、何と戦争中にジャワにも自動車組み立て工場があったのである。その話は、別の機会にゆずるとして、はじめてのことというのは、何もかも驚きの連続であった。私自身が入社3年目にしての、初出張であるから、見ること聞くこと珍しいことばかり。タイにいすゞのトラック組み立て工場を建てることになり、砂利道を揺れながら工場用地の土地登記の申請に車を走らせたときのことである。大きな川にぶつかって行き止まりになってしまった。現地のひとの案内で役所に行くときのことであるが、予期せぬことには驚くものである。ボートに乗り換えて、難なく村役場には到達できたのあるが、強烈な印象で残っている。外国人というだけでめずらしがられたし、若い英語のできるお役人さんが、こんなチャンスは滅多にないとばかりに、張り切って応対をしてくれた。
道すがら、30年後はここらへんが、どうなっているかを想像をしようよと現地のスタッフに話しかけたのもよく覚えている。自分自身が何か、大変高ぶっていたのだ。水牛が歩くのどかな田園地帯であったわけ。それが、15年後の1977年に訪れたときは、片側2車線と店舗のならぶ街道になっていた。誇張ではなく全くそこが工場を建てた場所だとは判らなかった。学生時代より、技術でアジアに繁栄をという運動に携わっていた自分の足取りの鮮明な思い出のひとこまである。

                    つぎは、ここ