自動車輸出物語 私のこと 名前は鈴木富司といいます。
六男八女の六男として生まれました。1935年のことです。
ですから2001年で66歳なのです。
ホームページに自分のことを書くというのは、とても怖いと思いませんか。
誰が見ているか判らないからでしょうか。自分は何者だといろいろ考えました。
そう、あるエクササイズをお教えしましょう。子供のときのことを毎晩思いだすようにイメージを描きました。群馬県の桐生市の織屋(はたや)の息子なのですがその実家の雨戸や部屋の様子などを毎晩思い出すのです。凄いですね。60年も経っているのに、鮮明に思い出すのです。手で触った感触や、音まで。
よく公園に遊びに行ったようです。それがイメージで出てきました。戦前の織屋では、織物の見習いさんが、子守をするのが常識だったんです。沢山の子供がいるから、一人ずつ子守さんがついたのです。母親は仕事の戦力の中心ですからね。営業に、「きぬごさえ」という織物の最終仕上げの作業に、工場の人事管理に追われていますから、朝から子守さんと公園へ行くわけです。子供の目線でイメージがよみがえってきます。何が見えたかって、お猿さんの檻です。あの汚い鉄格子の檻、その前の手すりの感触も鮮明にイメージできます。そこで、人生の方向が決まってしまうなんて貴方は信じますか。三菱商事で自動車輸出に携わり、11の工場を海外に建て、思い切り人生をぶつけてきたこの私が定年の時期を迎えるや、その子供のころのこころに導かれるようにして、檻のない動物園を設計・施工するアメリカの会社ラーソン社に転職、日本駐在の副社長を経て、現在は同社のプロジェクトに対するコンサルタントをしているのです。
自分は何者かについての説明にはなっていませんね。いずれ、また書く機会があるでしょう。
というわけで、もう10年も前からSOHOを自宅に持って、いろいろなことをしているわけです。6年前からMACを相棒に楽しんでいます。まだまだ、現役で仕事は続けていますが、昔の仕事を忘れないうちに、書いておこうと思って、このウェッブ・サイトをつくったわけです。2000.5.25. 記す。(2001.12修正)