自動車輸出物語 

戻る

ホームページ

国別表

メーカー別表


記載日付:2006年7月3日
ライター:鈴木富司
番号:000-076
タイトル: インドネシア総販売会社発足当時の陣容

 
 三菱車のインドネシアにおける総販売会社というと、今では立派な建物に入った大企業ですが、1970年に設立した当時は本当に零細企業でした。建物の外見も、みすぼらしいものでした。

 事務所は、ジャカルタの独立記念広場に近い、中心街にあったのですが、昔のベンツの部品庫を改造した窓のない木造の事務所でした。エアコンはあったかも知れませんが、停電も多くて猛暑の事務所です。

 当時、三菱重工より独立したばかりの三菱自動車より、インドネシア全土における、独占輸入総販売権を与えられ、三菱商事が資金を提供するとともに、経営援助契約にもとづいて、中村敬止さんがチーフアドバイザーとして派遣されて経営をしていました。全量現地で組み立てを行うわけですから、販売会社と言っても、部品の調達から組み立て指導の面倒も見る「自動車会社」でした。

 役員やスタッフは、経理マンの老人を除いては、ほとんど20代のインドネシアの青年達でした。中村チーフアドバイザーに鍛えられていたわけです。私も、ときどきお手伝いに行っていましたから、彼らは私の弟分というわけです。あれから、もう36年も経っていますから、みな、定年になって会社を去っています。

 社長がマルコープスさん、オランダ系のインドネシア人で、英語は上手でした。ちょびヒゲを蓄えてロカビリーの歌手のような顔立ちでした。主な担当は輸入、運送手配とか、官庁への手続きなど事務系ですね。特技は演説でした。社員を集めて、よく演説をぶっていました。よく、題材があるものだなーと感心をしてしまいます。長広舌という感じでした。インドネシア語の格調高い演説となると、言葉が難しくて、一部の日常会話しか判らない私には、意味は判りません。結構格好をつけて、そのときどきでこなすものですから、役者のようでした。

 シダブタールさんは、バンドン工業大学を出た、技術者でした。物静かでこつこつと仕事をこなしていました。事業が発展して、ジャカルタに新工場ができたときに、確か副社長になって別会社に移籍したと記憶します。

 グネービーさんは、インドネシア大学を出たばかりのひとで、営業を担当しました。中村さんにスカウトされて入社したひとですが、ずっと中心的な役割を果たしました。頭の回転の速い青年で、独特の雰囲気を持っていました。よい家柄の出身で、スタッフにも権威があったようです。中村さんはじめ、われわれは彼のことをグンちゃんと愛称で呼んでいました。エピソードも多いので、またの機会にまとめて書きましょう。

 モネさんは、三菱自工の駐在員付きの技術者でした。時点は忘れましたが、ニューマルワ社に移籍になり、役員となったひとです。日本語も上手だし、冗談の好きなハンサムボーイでした。真面目人間で、仕事も熱心にこなしていました。若いときは、相当腕白だったと聞いたことがあります。今でも、ときどき、「スズキさんねー。」って言いながら近づいてくる
彼の笑顔を思い出します。

 ガニーさんは、中国系の丸顔のおじいちゃん社員でした。会計を担当した物静かなひとでした。オランダ流の教育を受けたひとでした。当時、会計の知識もあり、任せられるひとを探すのは大変な時代でした。とっくに定年を超えた年齢だったと思いますが、皆からも、親しまれよくやってくれました。

 発足当時に居たひとは、他には、中村さんの秘書役のポピーさんという可愛いお嬢さんだけだったと思います。

 そのあとは、急成長に入りましたから、いろいろなひとが入ってきました。中でも、中心人物になるのは、私が東京から送りこんだ、ヘルマンさんですね。留学生で、私をはじめ、インドネシアプロジェクト班のインドネシア語の先生をしていたひとです。ニューマルワ社に入り、会長になり、インドネシア自動車工業会の会長にまで上り詰めたひとです。私とは、ずっと縁の濃い存在だったひとです。

 あとニューマルワ社に入って、われわれを支えた人たちの中で、特筆されるのは、インドネシア人留学生と結婚してインドネシアに渡ってきていた人たちがおります。単に、日本語とインドネシア語ができるということだけではなく、事務能力と言う点で、自動車輸出物語にまとめて記録する価値のあるひとたちです。まさに、縁の下の力持ちとして、大いに、力を発揮したひとが沢山いたのです。

-----------------------------------------------
◆ 自動車輸出ホームページ−−−−−→ http://www.yk.rim.or.jp/〜larszk/
◆ バックナンバー −−−−−→ 
       http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000038036
◆ ご意見・ご感想・投稿はEメールで(歓迎)−ー→ larszk@yk.rim.or.jp
◆ おともだちにこのメールマガジンの登録をすすめる場合は −ー→
             http://www.mag2.com/m/0000038036.htm

   まぐまぐしたくなったら -> http://www.mag2.com/
かいじょしたくなったら -> http://www.kaijo.com/
けんさくしたくなったら -> http://www.lib2.com/
----------------------------------------------------------- 
 一度間を空けると、つい発行が滞ってしまいます。手持ちのネタを使い切るまで、続けるようにします。写真の整理とホームページの作成も遅れています。

 再開の手始めに、今あるホームページを自分のサーバーに移す作業をはじめました。とりあえず、現行デザインのまま、
http://www.tomiji.net/jidoosha/index.html
に移しました。

 今年の春より、メキキ百福自然農法実験会の理事として新しい農業の普及を目的とした実験会を立ち上げました。
http://yasai.main.jp/index.html
わが家でも、庭の畑と27個のプランターで野菜を栽培しています。菜園日記のHPも作成しています。
http://yasai.main.jp/member/s/saibai02/

鈴木富司
http://www.tomiji.net

 前の物語             

次の物語