自動車輸出物語 

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記載日付:2003年10月22日
ライター:鈴木富司
番号:000-0070
タイトル: 海外における自動車部品補給と修理 その3
     (火の玉のような永住日本人サービスマン)
 
 インドネシアにおけるアフターサービスの黎明期は田村一彦君ではじまりました。それまでは、臨時的にメーカー側より巡回サービスマンが派遣されているだけでした。その田村青年の活動をふり返ってみましょう。彼の存在はそれ自体が物語りです。私に筆の力があれば改めてインタビューをして「小説田村一彦」を書きたいところです。中村敬止さんとは、違った生き方の主として、物語を満載している人物なのです。なお、田村青年と言っても、今では一緒に送り出した奥方とジャカルタに永住し、三菱の乗用車販売店の社長として活躍をされています。

 はじめて彼と対面したのは、一通の履歴書に貼ってあった写真です。上司の林哲男自動車部長より、昔三菱商事の繊維部門に在籍をしていた田村さんというお友達からのお手紙ということで、分厚い封筒を渡されました。ご子息について、愛情あふれることが書いてありました。当時兵庫三菱だったと思いますが、ディーラーで自動車の修理をやっているサービスマンであることが判りました。ただ、海外雄飛の夢がありヨットにも情熱を燃やす青年だったのです。

 丁度、インドネシアでは中村親分が地方に販売店をどんどん拡張している時でしたので、人手はいくらあっても足りない状態でした。そこで中村さんとも相談をして、田村青年をとりあえず私のチームに在籍をして貰うことにしました。声の大きな活発な青年でした。インドネシア語も覚えて貰おうということで、慶応の留学生のヘルマン・ラティフさんに週一回来て貰いました。私も参加してインドネシア語の勉強会が開かれたのです。そのヘルマンさんは、後日一緒に働くことになり、物語000-0067号にも書きましたが、自動車工業会会長にまでなって活躍をしたひとです。そこでの田村君の思い出は、とにかくよく質問をする青年でした。大きな声でいつもいつも質問をしていました。周りのひとが苦笑するほどの質問魔なのです。何でも聞いてしまう。火の玉みたいなので今でも覚えています。

 さあ、その田村青年ですが、困ったと思います。現場が好きで机に向かって事務処理をするのはどちらかというと苦手です。それが余りにも本社の私のチームが人手が足りなくて、広告費の負担金をメーカーに請求する事務なんかが全く手についていなかったんです。それをやって貰っているうち一年くらいが経ってしまったのです。それでも彼にとっては良いこともありました。通っていた英語学校で知り合った彼女との仲も進展したのです。相手の親御さんは、それは心配をしたようです。インドネシアに連れて行ってしまうというのです。相当の抵抗があったと思いますが彼の行動力と強引さには勝てるひとはいないでしょう。結果としては結婚式を挙げてからの赴任になりました。今では奥様も永住して立派に3人のお嬢さんを成人させました。お嬢さんも国際人として活躍しているようです。

 それでその結婚式では思い出があります。関西での挙式だったかなと思っていますが、彼が使う工作車の仕様について「忘れないうちに」とその来賓祝辞の機会に彼に伝えたのです。あの広いインドネシアのジャワ島全土を彼は巡回をすることになっていました。特別仕立ての工作車を設計していて、それを持っていくことになっていたのです。地方に行ったらガソリンスタンドもない場所もあろうと予備タンクをつけることになっていたのですが、手を洗うところもないかも知れないので、手洗いの水タンクをつけたらどうかと新郎の田村青年に結婚式の席上で言った記憶があります。まあ、これからの彼の仕事の内容にそれとなく触れる意図もあったのですが、親族の方には余計な心配をかけてしまったと今では反省をしています。

 そういう特別仕様の工作車ができ上がったのですが、どんどんインドネシアも進歩をしていましたし、実際は手が洗えないような場面は無かったようです。タンクに水を入れると錆びてしまい、実際には使えなかったようです。そういう火の玉のような青年を工作車とともに送りだして、全土の販売店の修理工場の建設や修理指導を担当して貰ったわけですが、あの快活な馬力でインドネシアのひとたちを育て、デーラー網の確立に中村さんの手足となってやって貰ったという物語です。
 
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 すっかり秋です。今年は柿を干し柿にと思ったのですが、雨がつづいたりして上手くいきませんでした。

 さて、私にとっては大きな出来事があります。
自動車輸出物語の発行が少し空いてしまいましたが、東洋経済の記者さんがホームページを見つけて下さりインタビューを受けました。近い内に自動車関連の記事に載るかと思います。全部の物語をプリントして2度も熟読をして下さったと聞いて感激しました。

 私の講演会が迫っています。この自動車輸出物語を中心に私の人生について11月1日土曜の東京メキキ昼食会で講演をすることになっています。
http://www.mekiki.ne.jp/event/event.htm#tokyo
申込み期日は過ぎましたが、まだ大丈夫です。聞いて頂けたら嬉しく思います。

 6月よりプロのライターになってマーケッターの藤村正宏さんのお手伝いをしていると前回書きましたが、はやくも本が売り出されました。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4872573811/qid=1066833816/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/250-7074687-7114631http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4872573811/qid=1066833816/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/250-7074687-7114631
イースト・プレス社、「集客にはお金はかからないのです。」書評も何件も書き込まれていて、感激です。
「私もトミーさんが欲しい、読んでみてびっくり、小説になってます。しかもビジネス書です。」
なんて書いてありました。そうなんです、私が主人公トミーさんの一部になって藤村さんの主張を書いているんです。

 今月は、メキキ・クリエイツから頼まれて、特許の教科書を書いています。従来特許の本は専門家が書いていました。素人の視点から判り易く書こうという趣旨です。勿論、専門家がレビューします。
 

鈴木富司
Schematic Writer
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