自動車輸出物語 

戻る

ホームページ

国別表

メーカー別表

記載日付:2003年4月16日
ライター:鈴木富司
番号:000-0066
タイトル: 自動車国産化法令と実践 その14 
     (組み立て工場の新設)

 インドネシアでのコルトの爆発的な販売増に対処するために、ジャカルタの街中にあったペルモリンの委託工場の他に郊外に本格的な工場を建てたときの物語です。前回ラシッド社長が采配を振るうKRM社について触れましたが、そのKRM社設立時の物語を記録しておきましょう。

 工業省の斡旋で新しいパートナーとなったクラマユダ社が100%出資してKRM社を設立して組立工場を持ち、隣接してボデーを製造するMKM社は折半出資の合弁会社にしたわけです。本来自動車会社はボデープレス、ボデーの溶接、他の部品を組み付ける組立工場はひとつの組織(会社)で一体となって行うのが普通です。それが法律で組立を義務づけられて発生してきた組立工場なるものが存在し、それは民族資本しか許さないとの工業省の方針にそってこういう形が生まれてきたわけです。

 細かなことをいうと、いろいろな問題があります。プレスをしたままで運ぶと余りにも細かすぎて組立指導書だけでは組立工場側で組み立てられないということもあります。そこで、プレス工場側で小さな部品を取り付けて出荷するわけです。その部分を余り増やすと組立工場側の仕事が減り、法令に触れるという問題になるわけです。勿論、法令にはそういう細かな規定はありません。日本から部品を持ち込んでいた時代の状態から組み立てるのが、組立工場という解釈が妥当なわけですが、モデルチェンジなどすると、昔の状態とも比較できないし、現場では結構話し合いで解決をせねばならない問題があったわけです。

 違う会社が隣接して競争をすると、いろいろな問題も発生するものです。当時は、公共交通機関がほとんど無かったですから、自前の大型バスを社有車にして朝晩だけ送り迎えに使ったわけです。そのバスの格好がいいとか、悪いとかなど、それはいろいろとあったようです。K-君などの創業時代の関係者に登場願って書いて貰わないととても書ききれるものではありません。

 私は、本社側で資金手当をしたり、技術指導を行う三菱自動車との連絡をしていましたので、強烈に残っている記憶は、工場建設に当たっての機材の資金問題です。資本金はクラマユダ社が手当することになり、同社がアレンジするLetter of Credit(L/C信用状)にもとづいて機材を輸出することになっていました。しかし、それを入手してよく見ると、普通の信用状ではないのです。何とソ連の銀行が発行したもので、厳密に読むと信用状にはなっていないのです。事務的な折衝では埒があかず、パートナーのサイドさんと中村御大の話し合いになりました。私は中村御大にお供をして折衝に臨んだのですが、はなっから折衝になりません。どうして三菱ともあろうものが、こんな小さな問題をこの俺に云うのかと声を荒げて怒るわけです。まだ、パートナーとなって時間も経っていないし、お互いに気心が知れていないときです。交渉上の演技で怒って見せているのか、本当に資金は手当てしてあるのに銀行の事務上の問題でそういう不備な信用状が発行されているのか判りません。

 あれを断って決裂をしていたら、インドネシアにおける三菱の市場は大分様子が変わっていたと思います。それは、三菱商事本社の林哲男自動車部長の決断でした。当時の商事会社での常識では考えられないような処置でした。経理・財務部門から見れば一辺の紙切れにすぎないものを何百万ドルの信用状であると見立ててのゴーサインでした。失敗をすればすべて林さんの責任になるのを現場を信じてやらせてくれたわけです。勿論、中村さんも、私も悩みました。本当に大丈夫か随分と心配をしたものです。市場でコルトが爆発的に売れており、ルピア払いにしろ現金商売で回収にも見通しがあったので、実質的な100%リスクの融資を敢行して工場を建設したわけです。あれから30年経過しても主工場として稼働しているようですので、時効の物語としてご披露するわけです。

 愉快な物語もありました。その組立工場の計画のときに中村御大が周回テストコースをつくりたいと言い出したのです。傾斜角を持った連続高速運転ができるものを工場の周囲に巡らしたいというのです。言い出したら引き下がりません。常識外のことをつぎつぎに言い出して当てていますので、聞かざるを得ないのです。部品の補給は心配ないとユーザーに思わせるためにショールームに隣接してガラス越しに部品が見えるように販売店に義務づけたのも一例です。

 今度は、テストは万全ですと見せるためというのです。当然のことながら、工場に出入りする道路と立体交差にせねばなりませんし、大がかりな設備になります。車を開発するわけではないのに膨大な投資をするのかと反対論も結構ありました。しかし、連戦連勝の現地司令官の提案は威力があります。三菱自工側も真面目に計画をしてくれました。中村さんが日本出張時にプレゼンテーションをしましたら流石に計画を縮小することになり、工場に並列にして走らせる平面的なブレーキテスト場にすることで収まりました。当時は三菱自工も何でも受け入れて現場にとことん協力をしてくれました。それは火の玉のような中村流と猛烈な現場での采配振りに応えようとの姿勢があったからだと思います。それに、ブレーキには過去にいろいろあったのです。この物語集のサンプル02に「独立記念塔の広場でブレーキテスト」で書きました。
http://www.yk.rim.or.jp/~larszk/Jidosha002.html
を見てください。時代が遡った話の方が面白いですね。

-----------------------------------------------
◆ 自動車輸出ホームページ−−−−−→ http://www.yk.rim.or.jp/~larszk/
◆ バックナンバー −−−−−→ 
       http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000038036
◆ ご意見・ご感想・投稿はEメールで(歓迎)−ー→ larszk@yk.rim.or.jp
◆ おともだちにこのメールマガジンの登録をすすめる場合は −ー→
             http://www.mag2.com/m/0000038036.htm

   まぐまぐしたくなったら -> http://www.mag2.com/
かいじょしたくなったら -> http://www.kaijo.com/
けんさくしたくなったら -> http://www.lib2.com/
----------------------------------------------------------- 

 今日は気持ちのよい春の一日でした。すっかりご無沙汰をしてしまいましたが元気にやっています。一度、発行が遅れるとずるずるとなってしまいますね。

 新しい道具の好きな私です。電動補助自転車を買い込み楽しんでいます。従来の電池は途中からは充電できず結構不便だったようですが、新型は走行距離も公称60キロになりましたし、何時でも充電可能なタイプです。散歩が長続きしないひとには、とてもご推奨の運動具です。勿論屋外走行用自転車で坂の多いご当地でも、息切れせずに乗ることができます。
広告料は貰っていませんが、こういう書き方は広告効果はあるでしょうね。
http://www.panabyc.co.jp/products/EHE/default.htm

鈴木富司
larszk@yk.rim.or.jp
http://www.mekikicreates.com/mailmag.htm

                   前の物語

                   次の物語