自動車輸出物語 

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記載日付:2003年2月21日
ライター:鈴木富司
番号:000-0065
タイトル: 自動車国産化法令と実践 その13 
     (組み立て工場の移設)

 インドネシア市場開拓初期物語でも記載しましたが、1968年当時は政府が指定した組立工場と提携するのに、ジャカルタの工場を選ぶかスラバヤの工場を選ぶか、真剣に検討したものです。それが、ジャカルタにもスラバヤにも組み立て工場を持ち、両方の工場に部品を供給するという状況に発展をしていました。

 それが国産化がだんだん進みますと、状況が変わってくるのです。日本から船で部品を輸送する場合は、ジャカルタでもスラバヤでも運賃は変わりません。しかし、部品工場までジャカルタとスラバヤの両方にあるわけではありませんので、部品の輸送費が問題になってきたのです。それに何と云っても工場が2個所にあると何かと不便なものです。

 そうです、スラバヤの工場を閉鎖しようという話がでてきたのです。時代も大分下って、1985年くらいのことだったかと思います。長男が大学を出た年ですから、85年でしょう。イラクだか、イランからの出張から帰ると、中村本部長からインドネシアに出張して工場閉鎖を指揮せよという指示が出たのです。時代も変われば変わるものだと感慨深いものがありました。

 そこには大きな難問がありました。当時、ふそうの大型トラックはスラバヤで組み立てていたのです。それをジャカルタのKRM社に移設せねばなりません。それにKRM社のラシッド社長とのいろいろな問題を解決してこいというわけです。ラシッドさんとの関係は昔からの知り合いですし、誠意を尽くせば判って頂けると思ったのですが、大型トラックの移設問題は物理的な問題ですし、これには頭を抱えました。弱音を見せたら本部長には怒鳴られますし、何とかしますと引き受けてしまいました。さあ、困った。ジャカルタに新しく大型車用の塗装設備を作りたいなどと云ったら、お前を派遣する意味がないと云われるのは必定ですし考えださねばならなかったのです。

 当然のことながら、現地の技術陣も大型車のKRM社での組立は無理との結論がでています。何しろ、チェーンコンベアにキャビン(運転席)をつるして塗装設備を通すのに、大型車のキャビンは中型車用の塗装設備では幅が狭くて通らないというのは、明確な事実だったのです。さあ困った。でも解決策を捻りだしたのです。

 どこで思いついたかは、はっきり覚えていないのですが、多分現場を何度も見ている内に気づいたのだと思います。自動車というのは前に進むというイメージがあります。ですから塗装設備を通すにもキャビンは前向きが常識だったのです。しかし、なんということか、大型車のキャビンの幅は非常に広いのですが、前後方向はそれほどでもないことが判ったのです。そこで、大体の寸法で塗装設備の図面を調べたら、横にすればギリギリ通りそうだということが判ったのです。嬉しかったですね。早速、現品だったか木製のダミーだったかは忘れましたが、KRM社の塗装設備での実験をしたら通ることが判ったのです。

 コロンブスの卵です。これで大幅な改修をしなくても移設ができたのです。スラバヤでの作業者の問題など、微妙な問題がありましたので、これはヘルマン氏に指揮をとって貰いました。それにしましても数々の思い出のある工場を閉めるというのは、いろいろあるものです。

 そういう技術問題の解決と平行してラシッド社長との旧交も温めました。1973年の合弁会社の設立以来のお付き合いでした。軍の出身の長老で一家言をもっている方でした。民族意識が高く、常に日本人に馬鹿にされるなと部下を叱咤激励をしている方でした。合弁のプレス会社の副社長であり組立会社の社長をずっとしていました。何か問題が発生したときなどは将校服を着て会社に現れ、皆をピリッとさせるという雰囲気でした。でも、笑顔の素敵な方でした。
 
 問題は大分こじれている感じでした。何が原因か判りませんが、隣の部品工場と組立工場の間の門を少し移設して長尺の部品がとおり易くしたいという日本側の要望を頑として拒んでいるというわけです。まあ、いろいろ双方の言い分を聞いたあと、片言のインドネシア語で、「工場の扉を開く前に心の扉を開かねばなりません」と話しましたら例の素敵な笑顔で応じてくれました。そのときに私の親父がおしゃれで羽織の裏地に綺麗な柄を使っていても、それをひとに見せることはなく、他人はそれをそこはかとなく察するという話をしました。日本の文化にもそういうものがあったが、戦後そういう文化が薄れてしまったこと。インドネシア人にはそういう文化があり、口には出さないが、いろいろな配慮をしており、それは日本側が気づかなければならないこと。そんな話をしている内に、すっかり了解をして頂き、懸案の諸問題が解決したという物語です。

 KRM社では、最初の設立のときに資金に関連して大問題がありました。それを決断された当時の林哲男部長(後に常務取締役)が1月に他界されました。別途、この問題は物語に入れます。  合掌

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 今日も素晴らしい天気ですね。久しぶりに早起きをして昇ったばかりの太陽を見ながら和良久の稽古をしました。これで体内時計も正常になると思います。

 相変わらず特許三昧です。これから新しく会社を興すひとを対象にビジネスモデル特許についての小冊子をつくりました。プロのひとに誉められ氣を良くしています。

率直な感想は、「すごい!!」の一言です。
特許コンサルティングを業とする私が読んでも「わくわく」してくる内容でした
(実際、私が依頼者に特許について説明するときも、この本に書いてあるような
ことを話しています)。

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鈴木富司
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