自動車輸出物語 

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記載日付:2003年1月8日
ライター:鈴木富司
番号:000-0064
タイトル: 自動車国産化法令と実践 その12 
     (ヨーロッパ勢との競争)

 日本車が入り込む前はインドネシアではヨーロッパ車の独占市場でした。トラックも乗用車もほとんどがヨーロッパ製でした。それが、あっという間に日本車の市場に変わってしまったのは、日本車の性能でけの問題ではないのです。インドネシア政府が取ろうとしていた国産化政策を先取りするように積極的に対応をしたからだと思います。

 最初は欧米勢が積極的でした。キチンとした法令がでる前に、ジープの製造工場ができたり、不思議な動きもありました。フォードが独占を条件にアジアカーの製造を提案したり、欧米勢はとかく政治的に動こうとしたようです。

 あるとき驚いた光景に出会いました。ドイツがエンジン工場をつくったというのです。まだ、日本勢はどこもやっていませんし、エンジンの国産化の法令もでていない頃です。その工場を視察しましたら、物理的には確かに工場は存在しました。しかし、稼働はしていないのです。動かす計画もないようでした。更に驚いたことに、面会したドイツ人が示す関心事はドイツの輸出保険が適用される書類の整備だけでした。これが揃えばお金が入ると、ことも無げに説明をしていました。こちらは民間で学校までつくり、技術者を養成し、国産化の法令もステップバイステップで進めるように、役所の担当官と真剣に協議をしながら親身になって進めている段階でしたから、そのドイツ方式には唖然としたものです。

 それでもヨーロッパ勢が全く市場から消えたわけではなく、細々と組立を行い乗用車を売っていました。今から考えると悪いことをしたなと思うのですが、わが家の数軒先にプジョーの組立指導技師が住んでいました。家の格は少し上でプールも持っていました。勤務時間も私よりははるかに少なくて優雅な生活を送っていました。私の通勤車もプジョーでした。何しろ三菱は商業車で出発をして乗用車は組み立てていなかったのです。

 将来のことを考えたら、やはり乗用車をやりたいし、三菱がギャランを出して、乗用車も本格的に増やそうとしていましたので、私が駐在をしているときに、ギャランの組立を開始したのです。自前の乗用車工場がないのでボルボの工場に委託組立をお願いしてスタートを切ったのです。

 しかし、販売では思い切ったことをしました。商業車で上げた利益を投入しまして、全面広告を思い切りやりました。気の毒なのはプジョーでした、ホンダアコードと三菱ギャランの大競争のあおりをまともに受けて、プジョーはほとんど売れなくなってしまったのです。確か、隣人のフランス人は国に引き上げたはずです。

 ボルボへの委託組立を通じてヨーロッパ人の働きぶりにも接することができました。一緒にバンコックに出張してバンコックの三菱の工場で現物を見ながら打ち合わせを行い、ジャカルタでの組立の準備を行ったのも思い出です。そのときの指導技師の働きぶりは見事でした。猛烈エネルギッシュで、独りで何役もこなす働きぶりでした。生産が軌道に乗ってからは生産管理のひとが担当になりましたが、大分雰囲気は違いましたね。雲突くような背の高いひとで、名前は忘れました。何しろボルボ人というあだ名で呼んでいましたのでね。青く塗った立派な建物とその背の高いボルボ人だけが印象に残っています。のんびりしたやりとりと高い組立費に嫌気がさして、早く、自前の乗用車工場を持ちたいとの思いがつのり、前号で説明したピピットモーターの買収、工場再建とつながったのです。

 最近のヨーロッパ勢の動きは知りません。日産も三菱もヨーロッパ人の経営になってしまいました。私が現役のときには想像もできない事態です。何しろ、タイではベンツのトラックをいすゞトラックで駆逐し、インドネシアでは、プジョーの息の根を止めたのですから、隔世の感があります。

 それで思い出すことがあります。あるとき伊藤忠の自動車担当の大谷さんという元気のよいひとと飲んでいたときのことです、自動車国産化法令のことに話がおよび「多分、日本でも自動車業法が実施されたときは、フォードやGMの日本駐在員が、こうやって飲みながら、わいわい議論をしていたんでしょうね」といいながら、フォードやGMが日本市場を開拓しながら、追い出された当時に思いをはせていました。そのときに彼がブラジルとインドの例をあげて問題は規格ですよ、変に独自規格を設定されると動きがとれなく
なるって論じていましたね。

 工場を建設する景気のよい話しだけではありません。工場を閉じる経験もしています。そのときに、あっと皆を驚かせた独自のアイデアをご披露したいものです。

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 謹賀新年

本年もよろしくお願いします。

 関東の冬は本当に青空の好天が続きますね。庭で古武道和良久をやり
宇宙の彼方まで木剣の先を向けて気を送ると本当に気持ちがよいものです。
最近、青が鮮やかに感ぜられるようになった気がします。

 年末は試験準備で年賀葉書も先送りをしていました。29日に二次試験も無事に済み、免状もFAXで受け取りました。有効期限は2年間とのこと。今度は、米人の発音を正確に聴き取る耳の矯正に興味が沸いてきました。

 正月は、本当にのんびりしました。MACもほとんど触らずでした。もっとも、米国本社には、正月といえども毎日E-メールはチェックしていつでもコーディネーターとして対応可能とアッピールはしておきました。

鈴木富司
larszk@yk.rim.or.jp
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