自動車輸出物語 

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記載日付:2002年10月31日
ライター:鈴木富司
盤号:000-0061
タイトル: 自動車国産化法令と実践 その9  
     (部品商を廃業して部品製造業へ転身のダニエル氏)

 ダニエル氏は真剣でした。シート製造工場をやらないかと打診をしたら、即、回答がありました。それに、それまでやっていた部品商を廃業して、「店も売ってきた」という、過去形での意思表明でした。製造業に専心したいというわけです。この真剣な態度には驚くと同時に責任を感じました。もう、あとには引けません。インドネシアの法律と工業省の指導がでていますから、誰かが自動車用の椅子を作らなければならない状況です。需要は間違いないわけです。彼にとっては、千載一遇のチャンスだったのです。

 まず、取りかかったのが土地探しです。椅子は嵩張りますから、椅子工場は組立工場に近い必要があります。しかし、ジャカルタの郊外では、とても高くて無一文に近い彼には手が出せません。本当にかけずり回ったようです。隣町のブカシに土地を見つけたから見て欲しいとのことでした。道路から大分下がった低地です。三菱が探すとしたら、手を出さないような土地でした。でも投資を押さえなければいけない状況ですから、まあ候補地としては良かろうという結論を出しました。

 次は計画立案と資金調達です。それまで企画書の作成は大分手がけていますから、自分でやってしまえば簡単なものでしたが、よし彼に書かせようと思いました。銀行に提出する企画書をつくりなさいと言いました。彼は呆然としていました。全く判らないわけです。いいから、書きなさい。教えてあげるからと。

 これには私も思い出があります。入社3年後のときに当時のタイ国三菱商事の増資をすることになったのです。いすゞ組立工場建設の資金を出すためです。通産省に関係部のひとと相談に行ったら古参の係長にどなられたのです。「何だ、この企画書は」と。こわい人で有名なひとだったのです。どなられたことで、パチンとスイッチが入ってしまいました。末席にいたのですが、「どう書いたら良いのか教えてください!」って出しゃばって言ってしまいました。そうしたら、びっくりするほど親切に教えて下さったのです。どうも、皆びくついてまともに話をしないのを、単刀直入に聞いたのが良かったようです。そこから企画書や資金繰り表の書き方を覚えたのです。それが、こういうときに役立つのですね。

 ダニエル氏は相変わらず日曜になるとわが家にやってきます。企画書や資金繰り表の原稿を持って相談に来ます。通産省の古参係長よろしく、こまかなところまで教えました。東京銀行にも説明に行かせました。最初は誰かがついて行ったと思いますが、あとは自分で借入まで交渉しなさいということです。例によって、「Yes Sir」を連発してよい印象を得たことと思います。平行して中村チーフアドバイザーに交代した澤井チーフアドバイザーに銀行の幹部に根回しをして貰ったのを覚えています。まあ、銀行としても異例の貸付だったと思います。

 技術援助は三菱自工にシートを納めている難波ブレスに依頼しました。技術援助契約を締結して工場設計から製造技術の指導も全部して貰いました。指導技師も着任して無事製造もできたという物語です。ダニエル氏の性格や仕事に取り組む姿勢が難波プレスにも評価されて、大変良好な関係であったと思います。

 しかし、あの社会でバックがないまま、会社を興し製造をするということは並大抵なものではないようでした。次から次と難問が彼を襲いました。多分、私以外には家族にもうち明けていない難問に悩まされたと思います。労働問題などは軽い方で、いろいろな問題に出会いました。三菱が表面にでることもできないまま、内密に逐一報告を受けていました。会社では、普通に会議の席上で顔を合わせるだけで深夜自宅に電話で状況の報告があります。助言と言っても私にできないこともありましたので「負けるな」と励ますことぐらいだったと思います。

 まあ、問題点を共有する仲間という感じでしたね。それにしても、最初に教えた三菱とのつき合い方として、全てを開示して相談することだということを本当に守ってくれました。私の方も組立工場を維持するのに、関連工場が問題を抱えて、ある日こういう事情で生産が止まりましたと言われたのでは手の打ちようがありませんから、実情を常に把握したかったのです。それは夜中であろうと自宅であろうと真実をうち明けてくれる彼の態度は本当によかったのです。また、本当に頼りにされるというのは嬉しいものです。

 ダニエル氏との物語は、まだまだあります。つい数年前のアジアの経済危機のときの彼の国際電話での悲鳴は、まだ耳に残っています。次回も続きの物語にしましょう。

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 秋晴れの素晴らしい天気が続きますね。健康おたくのメニューをエクセルでつくり、トイレに張ってあります。テレビで100歳のお爺さんに教わった顔擦り100回などのメニューが溜まって忘れてしまうので記入をはじめたのです。

 中学高校のときからの友人の角野広次君が登山中に心臓発作で亡くなってしまいました。桐生高校まで4キロの道を歩いたことや、ラジオの製作など楽しい会話の思い出にふけっています。朝日放送に勤め、服部公一先生の曲を2000曲も録音をしたミキサーでした。山を愛し趣味の音楽を職業として最高の人生をエンジョイした人格者です。最近彼が編集して友人に配った懐かしいホームソングスを今聴いています。同窓のヒサ夫人が彼は最高に恵まれた人生を楽しみ、最後もこれ以上はない手当を受けたので後悔はないと。しかし、67歳、ちょっと早すぎたとも。      悲しい。 合掌

鈴木富司
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