自動車輸出物語 

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記載日付:2002年8月12日
ライター:鈴木富司
番号:000-0056
タイトル: 自動車国産化法令と実践 その4 
     (電話による依頼で組み立て工場を突貫工事した物語)  

 海外で工場を新規に建設したいという案件ならその理由やら、工場の詳細な内容などを書類に書いて出先の事務所より本社に申請してくるのが普通です。然し、中村流は違います。忙しくて書類なんか書いていられるかという調子です。ある時、「スラバヤに工場を建てないと、東ジャバ地区では車は売れなくなるがどうする?」ってな調子で国際電話が掛かってきました。驚くような内容は毎度のことですから、困りましたねという程度の会話で、電話を切ろうとすると、どうも本気のようなのです。

 すぐ、建設の資金手当をしろというわけです。どういう法令に基づくものか、組立工場は工業省管轄ですし、販売は商業省、車の登録は運輸省です。何故、何故という質問は山のようにあります。何を聞いても、そんなことが判れば苦労はしねーよ。という感じです。建てるのか、建てないのか、金を貸すのか貸さないのかすぐ決めて云ってこい。もう、車は売らなくてもよいという社長の一筆を送ってこい。というような、過激な言葉ばかりで、とりつく島もありません。いつもの、攻撃は最大の防御という中村流の戦術で怒鳴られてしまいます。入社以来の中村学校の生徒ですから、先生には一切口答えができず、本社の組織のなかで大変困ったものです。しかし、中村流は社内でも鳴り響いていましたし、私に同情が集まりました。書類などなく、合理的に説明ができなくても、この突然の無茶な申請も通ってしまいました。実績の強さと時の勢いというものだったと思います。

 結局、いつの間にか建設をするということになり、具体論の構築に走っていきました。月間の組立台数は300台でいいですか?なんて承認する側が案をつくり、現地に問い合わせると、「いいでしょう」ってな具合です。筋論を議論している間にも市場は加熱をしていますから、早く供給を確保して市場を確保してしまおうという阿吽の呼吸で判っていましたから、社内で必要な情報のみを聞きだして、案を作成して通してしまったという訳です。メーカー側も中村さんの信者が増えていましたから、協力をしようということで、技術的な案の構築は積極的にやって貰えました。

 早かったですねー。電話があってから1号車が組み上がるまで、1年なんて掛からなかったですよ。半年よりは多かったと思いますが、1971年ごろの話しです。建物は木造だったような気がします。設備費は担保もないまま、貸し付けて組立費の中からさっ引くという荒っぽい方法だったと思います。勢いのあるときというのは凄いもので、そんなに期間を掛けずに回収してしまい、販売シェアーもトップを維持することができました。失敗でもしたら組織の中で袋だたきにあったと思います。供給量が市場を制する状況であることと、一旦市場を制すればあとはこっちのものだということを念仏のように唱えて建設をしてしまったのです。

 スラバヤはインドネシアの第二の都市で、その両方に工場を持ったわけですから市場を押さえる意味では非常に大きな戦略的な手法だったと思います。ただ、人手が足りないときに拠点を二つ持つのは非常に現場では苦しかったと思います。部品の通関も工場の管理、寮の設営もすべて二重になるわけです。それに、スラバヤは気候的にも蒸し暑いところでしたので、派遣されたひとはご苦労をされたと思います。

 最初に中村さんが電話で言ってきた「スラバヤに工場を作らねば東ジャバでは車が売れなくなる」という理由は、未だに釈然としません。その後、つい本当の理由は聞きそびれてしまいましたが、多分そういう話があったのも事実でしょう。ただ、そういう話があったことをとらえて、直ちにその方向に全体を向かわせたのは、戦略的な決断があったのだと思います。ジャカルタの工場を増設したり新設するのは非常に困難があり、一方工場の能力を倍増させれば市場を席巻できると考えたのだと思います。しかし、そんな決断の事情とか考察の過程などを説明しないのも中村流なのです。

 このスラバヤ工場の社長さんはグナワンさんという大の車好きの修理工場のオヤジさんでした。その後増設もしてふそうの大型トラックの組立もやるまでに発展しました。しかし、だんだんと車の性能の向上により、塗装品質を上げなければならなくなりましたし、ジャカルタの工場との関連で集約化をする必要が生じましたので、現在は使われていません。1985年ごろでしたが、インドネシアの仕事からすっかり離れていたときに、中村本部長より指示が下り、その撤収作戦に参画したことがあります。これは、私にとっては思いもかけないアイデアを提供することができ、忘れられない物語になりました。機会をみてご披露しましょう。

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 昨年も暑い暑いと書きましたが、今年は本当に暑いですね。庭のブドウももうすぐ収穫です。

 10日ほど前から帯状疱疹という病気にかかり、普通の生活を送ってはいるのですが、痛くてなりません。ようやく快方に向かってはいますが、とてもメールマガジンの原稿を書く気になれず遅れてしまいました。やりたいことが、山ほどあってうずうずしています。

鈴木富司
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