自動車輸出物語 

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記載日付:2002年5月15日
ライター:鈴木富司
番号:000-0050
タイトル: 乗用車2万台一括という凄い商談

 大口商談と言っても全く同じ型式の乗用車を一度に2万台も売るという商売、それもキャッシュ払いという商売をしたひとは、そう多くはないでしょう。最初に話があったときは3万台で、更に良ければ1万5千台も上乗せするかもしれないという話だったのです。仮に1台100万円とすると450億円ですよ。色は何色だったか覚えていませんが、仕様は確か一種類だったと記憶します。気の遠くなるような話しです。オイルマネーがうなる社会主義国では、こういうことが起こるのです。

 現在ときどき新聞で話題になるイラクでの物語です。買い付け先は国営の公団ですから、何から何まで聞いたこともない破格の話しばかりです。それまで、東南アジアで販売店を設営して一般庶民に売っていく商売ばかりを担当していましたから、相当面食らいました。最初の話があってから、随分と年月が掛かりました。途中でイランイラク戦争が勃発したりして、物語の種はつきません。

 自由圏では考えられないことも発生します。通常自動車はモデルチェンジをしますし、新しいモデルの方が歓迎されるのが常識です。しかし、こういう長期の一括商談では、途中で年式が変わるとえらいことになるのです。旧型のラインをすべて残しておく必要さえあるのです。新しいモデルになって性能も良くなったから新型車を納入したいなんてわがままは通らないのですから、恐ろしい商談なのです。それも、商談がいつ契約され、いつ納入するかなどという「最高の機密事項」は知るよしもないのです。実際にある日本のメーカーさんがこういう問題にぶちあたり、交渉団を派遣したが、契約の変更を認められず、一旦生産を取りやめた旧型車を膨大なコストを掛けて製造をしたそうだ、なんて話しも漏れ伝わってきて身の引き締まる思いをしたものです。

 最初の引き合いがあり見積書を提出してから、もの凄く時間が掛かりました。何年という単位です。それもそのはずで、世界中の自動車会社の車から、一車に絞るわけですから、買う方も大変なことと思います。窓口の公団は、日本の公団とは大分違うようです。親方日の丸ではなく、親方フセインさんですから厳しいなんてものではありません。国民のために最良で最安値の車を選定する作業というのは、われわれには推定さえできない世界です。入札なんて生やさしいものではありません。入札日を決めて、納入時期を明示するなんてことをしていたら、競争が発生しません。あらゆることを極秘事項にして、個別に交渉をしていくのです。最後の最後まで競争相手がどういう状態かが判らず非常に疑心暗鬼になります。談合なんて全く考えられない世界なのです。それに、競争相手は最後の最後まで残しておくわけです。気がついたら誰も残っていなくて、買えなかったなんて無様なことをする公団ではありません。見積書の期限はキチンと確認しながら、どこかのメーカーの2社以上は売らなければいけない状態をずっと保つわけです。見事なお手並みです。それに、何と言っても同型車で何万台という数の魅力を最大限に使うわけです。値段が下がらないはずはありません。

 戦争が一段落した時点で、交渉再開という雰囲気になりましたので、待機しようと現地入りをしたのですが、全く音沙汰がないのです。毎日のように受付を訪問して情報を取ろうとするのですが、全く判りません。ただ、「連絡をするまで待て」との指示です。その時点ではそれが4ヶ月も続く交渉になるなんて、判らないのです。びっくりするような交渉術に翻弄されるのは、次回の号にゆずりまして、その頃のホテル事情の物語をしましょう。

 あるとき、重いカバンを提げてホテルに戻りましたら、思いがけないことをフロントがいうのです。国営ホテルです。同僚と私の鍵を2本示して、さあどちらを選ぶか言いなさいというのです。「今夜から相部屋ですよ。どちらの部屋を選ぶかの権利は上げましょう」と。10分で、荷物を整理して一部屋を空けるようにとの厳命です。当時は、新しい国営ホテルができる前でしたので、マネージャーも大変だったと思います。ロビーに寝たとか、ベランダに寝かされたなどという話を聞いていましたので、2本の鍵を取り上げられない内に妥協して、荷物を纏めました。私は、まだ割合と楽観的でしたので、同僚に譲り、アラビア宿でも探すさと街に出たのです。

 借り上げタクシーの運転手さんがいい人で、バクダッドの市内を友人などの情報をたよりに回ってくれました。7軒目にやっと街の中心街のアラビア宿で空き部屋を見つけました。そこでも、相部屋だというのです。それも3人の相部屋というのです。まだ、同僚と一緒に国営ホテルの方がよかったなと一瞬思いました。しかし、ものは交渉だと思い、3人分払うから個室にしてよと頼みました。OKでした。嬉しくなって、小さなエレベーターに乗って、わが部屋に入ったとたん、息を呑みました。手垢だらけの部屋、大きく凹んだベッド、それだけでもとてもひとが住めるような部屋ではありません。更に、風呂場とは名ばかりで、バスタブは無く、壊れたシャワーからすこし水がでる程度です。

 しかし、住めば都となり、それからそこが、私の定宿になりました。そう、ギルガミッシュホテルという名前です。泥のついた菜っぱか、大きなキュウリがどんと皿に載り、それをナイフとフォークで切って食べる食事。夏場はキュウリだけという日が続きましたね。こちこちのパン、でもバターの旨さは忘れられません。それに何とも親しみのあるフロントのマネージャー。懐かしいですね。私の姿がドア越しに見えると、もう鍵を準備してMr. Suzuki今日はどうだったと優しく話しかけてくれたものです。どんなに、設備がよくても国営のホテルには泊まらないぞとこの人情溢れるアラビアンホテルで意地をはったものでした。

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 庭の菜園では小松菜が繁っています。葡萄も、勢いよく蔓を伸ばしていて手入れが追いつかない状態です。

 4月2日に生まれた孫も元気にすくすく育っています。母乳が間に合わないと催促しては泣いています。泣く子は育つというように、みるみる大きくなって抱いても手応えがでてきました。上の孫も、活力に溢れています。幸か不幸か娘が歯医者に通い出したので、もう暫く滞在するようです。賑やかな幸せを味わっています。

お陰様で50号が発行できました。暫く続けますので引き続き楽しんでください。

鈴木富司
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