自動車輸出物語 

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記載日付:2002年5月1日
ライター:鈴木富司
番号:000-0049
タイトル: イラン・イラクでの自動車生産技術論議

 イランとイラクでの経験がごっちゃに記憶されているようです。よく、考えれば区別はつくのですが、ときどきごっちゃになります。イランでは既にペイカンというブランドの乗用車を国産化して工場も稼働をしていました。英国の技術でした。車の型も古くなったし生産工場も最新のものにしたいという希望だったと思います。イラクはバスの工場はありましたが乗用車の生産工場がないので、自前の工場を持ちたいという計画でした。

 イラクだったか、イランだったか忘れましたが、ドイツのコンサルタントが入って、いろいろ指導をしていました。われわれは、ドイツの生産技術は古くさいと信じていましたから、横から随分とちょっかいを出したものです。まるで方式が違いますから、単純な比較はできませんが、こういうことをドイツ人に質問をしてごらんなどと、入れ智慧をした記憶があります。

 例えば、ドイツ式では生産マニュアルなどは、綺麗に印刷をしてバインダーに綴じてあるのが常識です。われわれのは、日々工夫進歩をさせるものだし、現場に掲げて見られるようにしてあります。「皆さんの工夫が現場に生かされるのです。」などと説明をして、ドイツ式はドイツ人が考えた方法を勝手に変えてはいけない筈だから、そこら辺を質問してごらんなどと言うわけです。ドイツ人は困ったと思いますよ。思想の違いですから、どうにもならない部分です。

 思想の違いと言えば、日本式は現場で作り込むという考えがあります。それに対して、当時のヨーロッパ式はとりあえず作って修正するという考えです。それが如実に現れたのがイランでの生産ラインの方式の質疑のときでした。こちらが提示したボデーの製造ラインでの修正行程が非常に短いとイラン側が言うのです。なるほど、ペイカンのラインでは修正行程が何と、100ステップだったか、100メートルあるというのです。われわれが提示したのは、たったの2ステップなのです。それで判ったことがあります。われわれの工場ではプレスをした板を次行程に投げるなどというのは考えられません。それがペイカンの現場ではプレスの仕上がった大きなフェンダー(泥よけ部分)を大男が投げるのです。ガランガランと音を立てて次の行程に移ります。息を呑む光景でした。そのまま組み立てて、あとから、ハンマーでガンガン叩いて修正するわけです。ですから、修正ラインが100ステップも要るわけです。組立行程と修正行程が同じような感じなのです。全部、ヨーロッパ人に教わった生産方式だったのです。

 伝道師みたいに、日本で起きた生産革命について説いたものです。フォードの大量生産方式に代表される欧米式では、生産ラインは絶対に止めてはいけないという考えから、ラインの周りに部品を沢山積み上げてラインを止めないようにと必死でした。日本では、問題が起きたらラインは止めなさいという考えですと説明したら、イラン人の技術者が目を丸くして不思議そうな顔をしました。「そうです、それが革命なのです。」と言っては説明を続けました。荒井先生に教わった考えを熱っぽく訴えたのです。どういう理由で問題が発生したかを徹底的に探求するのです。もし、不良部品が発生しても充分な予備部品があったらそのまま、ラインが止まらず、誰も問題に気づかないわけです。ですから、ラインサイドの部品は必要最小限の部品数以外は置かせないのです。というような説明をすると、現状の工場の状況から、とてもそれは無理だという反応でした。部品を最小限にするとラインが短くて済むし、それだけ移動の距離が減るから組立作業員の歩く時間も減るんですよなんて説明をするとぽかんとした顔をしていました。マニュアルはエンジニアの事務所に並べておくものではないのです。などという説明には不思議な顔をしていました。まあ、それが彼らの命みたいなものですから、作業者と同等の立場なんていう思想は受けがたい考えだったでしょうね。でも、最後には随分と理解をして呉れました。実際に技術援助契約までは進みませんでしたが、どこかで役に立っていると思います。

 イランのプロジェクトでは思い出があります。技術援助のあり方について、実例を見せてやろうと思い立ったのです。それで調査ミッションが来たときに韓国、マレーシア、インドネシア、豪州を回らせたのです。ライセンサーを見たって、技術援助の成果は判りませんよと説明をしたのです。アフリカなどのヨーロッパ車の工場がひどい状態であることを知っていましたので、ヨーロッパの本社工場を見たって少しも参考になりませんよということを言ったわけです。当時、韓国の現代自動車には三菱自工が技術援助をしていました。マレーシアでは、合弁会社をつくりマレーシア側が経営をしていました。また、豪州ではクライスラーの工場を大改造をして生産性を飛躍的に高めた例が示せたのです。インドネシアでは、何もないところから学校までつくり、教育をして優秀な生産工場に育てていた実例を見せたかったのです。

 テヘランのあの美しい新緑やアルコールのないホメイニビールの味とともに生産技術の議論は楽しい思い出となっています。

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 ゴールデンウイークですね。庭の緑がきれいで心が洗われる感じです。このごろ色が非常にすっきり見えます。心身共に健康なようです。

 メキキの会の世話人が亀岡に集まりました。連休初日に1泊で行ってきました。メキキが開発した個の花道場と言うものです。自分と他人に個の花を見つけて表現をできるようにするなど、いくつかの効用があるものです。いろいろな気付きにより、内面が爆発的に変革しはじめました。その一例ですが、年齢を話題にすることがいかに無意味なもので、本質的な問題でないことが自覚できました。途端に師匠を相手の和良久の立ちまわりもスムースになり驚いています。

鈴木富司
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