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記載日付:2000年12月13日
ライター:鈴木富司
番号:000-0013
タイトル: わたくしの市場調査結果の使い方

市場調査というと格好よさそうですが、未整備の国での調査方法などは、本にも載っていません。ですから、自己流であり知恵の出しどころです。思いつくままに、市場調査に関連した物語をお話ししましょう。まずは、1969年のインドネシアでの物語です。

夕方になると、特別に速度の遅いエレベーターにいらいらしながら、重いカバンを持っていろいろな会社のひとが支店の事務所に集まってきます。当時、日本から市場調査にやってきたひとが、その日のできごとを愚痴りながら情報交換をするわけです。あるとき、某タイヤメーカーの人が、統計局で得たというデーターをもとに、こんなに車の少ない国ではタイヤなんか売れないとの感想を述べていました。私は、逆に車が少ないから売れるぞーと思っていたのです。国産タイヤの購入を義務づけられたときは、そのメーカーさんは工場もなかったので、ブリジストンのタイヤを使いましたね。社内でも、管理部のひとに随分と「鈴木本当に売れるのかい」と聞かれましたね。あるとき、次長さんだったか、大分上席のひとから、しつこく言われたものですから、思わず「車は売れるかではなく、いかに売るかです。人口がある程度あり、太陽が照っていれば、売れるものなのです。」と激しく言ってしまいました。今でも覚えていますから、ロジカルに説明ができなくなり、苦しまぎれだったのですね。何故って、説明できるような、数字は全くなかったのです。

あのカチカチやるカウンターというのがあるでしょう、あれを5個だか6個、竹にくくり付けましてね、自動車で街や街道を走るときは、いつも対向車を計測していました。乗用車とか、トラックとか、種類ごとの統計を取ったのです。これが、大変役に立ちましてね、いやその市場状況の内容分析に役立てたわけではないのです。信用度調査に使ったのです。支店長さんはじめ、偉い人は、市場について蕩々と見解を話しますからね、若造はその説明に呑まれてしまうのですよ。結果は上々でしたね。話が上手くてもっともらしく説明するひとの話は、ほとんど実状の数字と合っていませんでした。それに反して、あるインドネシア人の実業家がぼくとつに語る数字がほとんど計測結果と一致したのです。本当に驚き、彼を見直しました。インドネシアに戦前から住んでいた日本人で、インドネシアの権威ということになっていた人から、彼は絶対に信用できないと言われていましたが、自動車の市場の見方は、彼に軍配を上げました。勿論、私の心の中での話ですけれど。

あるとき、三菱重工の人が、ここのトラックの市場はガソリン車だというのです。ディーゼル車は売れないと本社にレポートを書いてしまったのです。私の直感ではディーゼル車の市場と思っていましたのでしまったと思ったのです。タイで、いすゞのディーゼルトラックの販売で成功していましたし、ディーゼル車なら欧米車に対抗できると思っていましたから、間違った方針を出されては大変困るのです。徹底的に調査をしてやろうと思いましてね、前から目をつけていた街道にある陸運局の重量チェックポイントに行って交渉をしました。その場所を借りたのです。インドネシア大学の学生5名をアルバイトで雇い、それぞれに分担をさせたのです。無茶な話ですが、通行する自動車を全部止めてドライバーにインタビューさせたのです。

どこから来たか、どこに行くか、車のブランド、車型、年式、積荷などです。勿論、ディーゼルかガソリンかも調べました。同時に、時間帯別の車種別数量を計測したのです。更に、翌週は私が監督をしないで、すべて学生さんにデータの記録のみを任せました。凄いことが判りました。調査時点は1969年でしたが、年式でいうと数年間の間のモデルはすべてディーゼル車であり、ガソリン車は、すべて古いトラックだったのです。確かに、街を走るトラックはほとんどがガソリン車に見えます。しかし、街道を走る新しいトラックはすべてディーゼルだったのです。それから、一週間後に集めたデータは、車種ごとの比率が全く一緒だったのです。これで、いつも、口癖のようにインドネシア人に調査などさせたら信用のおけるデータは集まらないという権威さんの大変失礼な見解も、否定できたのでした。

本社に報告しましたら上司が喜んでくれましてね、得意になってメーカーさんに調査結果を説明したそうです。われわれがやれば、こういうことまで判るのだから、もち屋はもち屋に市場調査と販売をお任せなさいと、ディーゼル車論をぶったようです。

もっとも、ディーゼル車を売り出したのは、大分あとでしたね。何しろ、
組立工場を建てなければ売れないわけですから、投資額の嵩む、大型車までは最初は手が回らなかったのです。それに、ミニバスタイプが爆発的に売れるなどということは、調査では判りません。運輸行政や国産化行政で、ほとんどの車種が決まってしまうのです。しかし、私の市場調査は別の意味で非常に価値のあったものと自負をしています。

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