自動車輸出物語

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記載日付:2000年12月3日
ライター:鈴木富司
番号:000-0012
タイトル: インドネシアのリゾート地からイラクの灼熱地獄へ

今でも、あの離島の桟橋で手を振る女房と4人の子供たちの姿は映画のシーンみたいに残っています。本社の中村本部長から突然のイラク出張を命ぜられたのは半年も前から予約をしていた家族旅行の直前でした。入社以来のおつき合いですから、そう簡単に出張命令を延ばすわけにはいかないのは承知しています。新婚旅行の日にちをネゴして1日延ばしたのと同じ手法で、1泊だけは許可をとりましてね、家族を離島のリゾート地に連れて行ったわけです。結局、その桟橋からイラクに向けて出張をすることになったのです。飛行場のある小島に船で移動をして、小型機に乗り換えてジャカルタにとんぼ返りをして、国際空港に駆けつけるという慌ただしさでした。東京本社でプロジェクトの概要を聞いて、すぐにも灼熱のバクダットに飛んだのがこの物語のはじまりです。

イラクは社会主義をめざす国家であり、自動車の買い付けも公団が一括して行うので、乗用車2万台という大型商談なのです。その条件として修理工場と部品庫を建設せよというわけです。どうも、その商談自身も相当きつい価格交渉になるらしいのに、工場と部品庫の建設費の予算も日本の常識の3分の一と言うのです。鈴木何とかして、商談に参加できるようにせいという、びっくりするような課題でした。インドネシアでは、工場を何カ所も建設していましたが、予算との戦いというよりも、他の面での挑戦でしたから、その出張命令には正直とまどいましたね。何しろ50度を超える気候に耐えるように、全く窓のない建物で、壁の断熱材も30センチもあるものが指定でした。日本の業者さんは全く経験のないものですから、特注品扱いで値段も高くなるわけです。周りの建築の専門家に相談をしても、誰も判りません。とにかく、現地に行けば使えるものがあるだろうと、修理工場の設計を得意とする安全自動車の金戸さんと旧知の三菱自動車の有森さんと調査に行ったわけです。自動車輸出屋に課せられる課題には、いろいろなものがありますから物語には事欠かないわけです。

確か、キルビーというブランドのクエート製のプレハブの建物がありましてね、結構砂漠の中に建っているのです。要請を受けている建物の仕様にも近いし、よしこの部材を輸入して、イラクの地場の工務店を起用して建ててしまおうと考えたのです。現地に駐在するコンサルタントさんも、その勇気(?)にあきれていましたね。とにかく、見積書にして提出をしました。そうしないと、2万台の商談にお呼びが掛からないからです。しかし、それは相当無謀な計画だったのです。公団が満足するようなものが建てられなければ、責任者は出国できません。人質みたいな形で、出国VISAを発給しないし、親の葬式と言っても通じない相手ですからね。いやー内心は本当にひゃひやものでした。そんなときに、とんでもないことが発生したのです。

例のイラク・イラン戦争が勃発したのです。開戦の大統領宣言は支店の事務所のラジオで聴きました。意味は判りませんが、事務所内が騒然となり、女子事務員までが、戦場に行って闘うと興奮して叫んでいるのです。もっとも、翌日ファントムジェットの爆撃がはじまると様相は一転して、窓から一番遠い階段の踊り場に怖がって集まっていました。速すぎて機体の見えないジェット機の爆撃と全天火の海になる対空砲火を4時間もホテルのベランダで眺めたことなどはちょっと少ない経験でしょう。「B29の爆撃はこんなものではなかったよ」などと、いつも意地悪をされた役人さんをそれとなく脅かして鬱憤をはらしたりもしました。これも立派な自動車輸出物語と言っていいでしょうね。

避難する駐在員の家族や病人43人の団長さんを支店長から仰せつかり、ヨルダンのアンマンに向けて脱出したこと、何年か経って戦争が中だるみになったときに再度バクダッドに入り、例の商談を纏め、工場もイタリアの業者を起用して完成させたこと、アラビア宿の壊れたシャワーと人情、野菜は泥のついた特大のキュウリだけ、イランのテヘランでも、空襲を経験したことなど、別の機会に物語りにまとめることにしましょう。
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