自動車輸出物語 

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記載日付:2000年9月6日
ライター:鈴木富司
番号:000-0006
タイトル: キャタピラー、ジープ、モトローラのごとくコルトが普通名詞に

インドネシアでは、コルトは商標であると同時に普通名詞になってしまったのです。いや、動詞にもなったのです。コルトに乗って故郷に帰るという意味なのです。戦前派にはキャタピラーといったら、戦車の両側の無限軌条の意味ですし、ジープは占領軍が乗り回していた幌付の多目的車を意味しますね。モトローラは携帯電話という意味を持っている国もあるとのことです。このように、それまで無かった品物が出現すると商標そのものが普通名詞になることがあるのです。特に独占的にその分野を開拓した場合にそういう名誉(?)を頂くわけです。

国内では、三菱コルトはギャランの前の乗用車の名前でした。しかし、輸出用のデリカ(小型ピックアップやバン)などにも海外ではコルトという名前をつけて売っていたのです。インドネシアでも、小型ピックアップをコルトの名称で売り出したのです。最初は荷台に幌をかけ、簡単な板の椅子をつけただけの人員輸送車として使われました。それが、地方の陸運行政や市場のニーズから、地方のカロサリーといわれるボデー屋さんの手によりミニバスに改造されて、小型路線バスに変身をしていったのです。これが動く歩道みたいに便利な乗り物で、庶民生活には欠かせないものにまで育った物語があります。

いつの間にか、コルト進入禁止というような交通標識にまで登場して驚かされました。何でも駅の周りが大変混雑して、ミニバスの進入規制をすることになり、標識が立てられたのですが、そこにCOLTと進入禁止の記号が書かれたわけです。勿論、三菱コルトと書かれたわけではないのですが、早合点をしたひとが、三菱コルトが差別を受けたとご注進に及んだのです。大統領がコルトの交通事故多発に懸念表明というように、新聞のトップにコルトの字が躍ったりしたこともありました。これも普通名詞となった勲章みたいなものです。コルト街道ができたり、コルトの中で生まれたので子供にコルトと名前をつけたとかという物語も発生したのです。三菱の水島工場の工場長さんがコルトちゃん誕生のお祝いに日本人形をプレゼントをしたというような記事が新聞にでたりコルトに関する物語はつきないのです。いずれコルト文化論を書くことにしましょう。

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