自動車輸出物語 

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1記載日付:2000年7月26日
ライター:鈴木富司
番号:000-0003
タイトル:売掛金の集計で腱鞘炎


1962年の10月中旬、初めての海外出張を命ぜられ、羽田よりバンコックに向かいました。2ヶ月半の出張でしたが、今でも鮮明に情景が思い出されます。
入社時のインストラクターである中村敬止さんが泰国三菱商事いすゞ販売部に赴任しており、急速に大型トラックの販売を伸ばしておりました。その応援ですから、課題は山積、下宿での夕食は1回も取らずに大いに仕事を満喫しました。

ある時、回転式の数字のゴム印を10個買ってくるようにとの指示で、バンッコク中の文房具屋をまわりました。当時は渋滞などありませんから簡単にまわれるのですが、たしか、そういう特殊な物を売っている文具店は5軒くらいで、それでも10個は集まらなかった記憶があります。
当時、いすゞの大型トラックを売るのにConditional Saleと称した割賦販売を商事会社としてやったものですから、ダントツのシェアーで売れ行きを伸ばしていたのです。しかし、正直申し上げて、その売掛金の把握ができていなかったのです。カードに入金予定を書き込むのが精一杯で、どれだけの債権がいつ期限になるかというのを掴み切れていなかったのです。そこで、大きな紙を何十枚と重ねて、それに罫をひき(これは出入りのコーラ売りのお姉さんたちを動員して定規で引かせるという笑っちゃう方法で。)そこに車ごとの月別の月賦額を記入していくわけです。中村さんが、「スーチャンいいかい、俺がカードを読むからハンコを押して」というわけで、9600とか、6800とかいうハンコを並べておいて月数分だけトントンと押していくわけです。何しろ、件数が多いものですから、それも大変な作業でした。しかしそれからが大変です。その記入した数字を縦横集計するわけです。幸いにワルサーという北欧製の電動加算機があって、それがオリベッティーより性能がいいんですね。打ち具合もよくて気に入っていました。それでも来る日も来る日も朝から集計ですから腱鞘炎を起こしてしまいました。お陰で今でも加算機はブラインドタッチで打てる腕前です。

商事会社がリスクを持って、外国でトラックの長期割賦販売を実施したというのは、当時は画期的なことでした。ベンツトラックの市場を完全に奪ってしまったのです。確かシェアー97.5%という数字があった記憶があります。しかし、その陰には売掛金が把握できなくて社内で大問題になるとか、集計するのに腱鞘炎になるとか、代金回収で様々な苦労をするとか、IBMのパンチカードシステムを導入するとかという物語があるのです。Excelという表計算ソフトがあったら、なんていまでは思いますが、何しろ熱帯でも事務所に冷房もなく、紙に汗が落ちるのが心配だった時代ですからね。

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